不動産投資で競売から始めた私の経緯【自己紹介】

飛躍 自己紹介

今回は私が、2017年不動産投資を始めた経緯について書きたいと思います。

実は、私が不動産投資に興味を持ち始めたのは、
今から11年も昔、アベノミクスが始まる前の2010年頃でした。
不動産投資をやろうと思い始めて、実行するまで7年もかかったことになります。

私にとっての2010年は、2人目の子どもが生まれてまもない頃でした。
ありきたりですが、子どもが増えて将来のお金のことを案じるようになりました。

ならはや
ならはや

本業のサラリーマン以外の
何かしらの副収入を作らないといけない!

私が当時大きく影響を受けたのが、
「BIGtomorrow」という月刊誌でした。
サラリーマンの財テクや独立、副業がテーマで、それを実践されている方の体験談が記載された雑誌で、毎月読むのが楽しみで、いつか自分も!と夢みておりました。

ならはや
ならはや

なかでも、一番の憧れが不動産投資でした

当然ですが、不動産投資をしたくてもお金がないとできないので、
まずは、種銭(たねせん:元手の資金)を作るところからのスタートでした。

BIGtomorrowを毎月読んでいた私は、
不動産投資以外にも、株式投資は儲かるという記事も何度も目にしていたので、お金を増やすには株式投資は必須だと考え、自分なりに試行錯誤をしながらやっておりました。
ところが、勝っても負けての繰り返しで、種銭は一向に増えず、1年ぐらい資産は増えずに時間ばかりが過ぎていきました。

株式投資でアベノミクスの波に乗る

そんな私に転機は突然やってきました。
それは、2012年11月16日の衆議院解散です。

当時、解散総選挙したら、自民党への政権交代が確実視されており、
国会中継で、元安倍総理(自民党)が元野田総理(民主党)に解散のご決断を!
と迫っていた様子が今でも印象に残ってます。

過去の政権交代が株価にどのように影響を及ぼすかはわかりませんでしたが、
素人なりにも直感的に、今回の政権交代は超ポジティブサプライズだと思いました。

予想どおり、当時9000円前後だった日経平均株価は、1万円を目指すように徐々に上がっていきました(改めて、日経平均3万円の今の時代から見ると、すごい時代です)。

当時、株の銘柄選びは、一応、毎季四季報を買っては、自分なりに研究しておりましたが、爆発力に欠けていたので、爆発力を求めるなら、やはり株ブログだと思って、儲かってそうなブロガーの記事に記載された銘柄を勝手に参考にしておりました。

政権交代してからは、アゲアゲ相場で全体相場が好調だったこともあり、
この時期から、もっと利益を上げようと初めて有料の銘柄紹介サイトに入会したり、
初めて株ブロガーのオフ会にも参加しました。

オフ会に行くと、すごい人たちばかりで、その雰囲気に圧倒されました。

しかし、そのなかで1人だけ、株式投資20年大ベテランだと
自負されている方がいて、ブログもやってますと告知してました。

今も昔もよくある質問で、今後の日経平均はどうなるんでしょうかという
質問に対してはこのように回答してました。

Aさん
ベテ投資家

1万円に到達したから、

そろそろ頭打ちするんじゃないかな。うん。

皆さんも暴落には気を付けた方がいいよ。

という見解を示されてましたが・・・。
その答えは歴史が示すとおりです^^;
その人のブログを見るのは、最初で最後になったことは、言うまでもありませんでした。

初めて経験した株の大暴落 1回目

日経平均株価はその後も物凄い勢いで上昇し、
5月には1万5000円を超えた頃、悲劇は急にやってきました
いわゆるバーナンキショック(2013年5月23日の株価大暴落)です。

サラリーマンをやっていると、株をすぐに売ろうにもそれができず、気付いた頃には、焼け野原状態(暴落株だらけ)で、一体何が起きたのかわかりませんでした。
(アメリカのことなんて、全くみえてませんでした)

暴落が起きるまでは、株のポジションを持たないと損!という認識になるくらい楽な相場でしたので、ほぼフルポジションだったと思います。
順調に増えていた資産は、一気に目減りし青ざめました。
不動産投資実現の夢に近づいていたはずが、ここで一気に後退しました。

また1から(厳密には3くらい?)からの出直しで、細々と売買を繰り返しておりました。
その後、2013年後半、2014年は、バーナンキショックレベルでの大暴落はなく、
精神的ショックも癒え、逆にまたノリノリ状態となって、資産レベルも3から7くらいまで伸びていきました(2015年のあの日が来るまでは)

再び訪れた大暴落 2回目

2015年6月に日経平均は、2万600円台まで一気に高値更新を続け、
その後も揉み合いながらも、8月には2万1000円近くまで到達する
というお祭りムードが高まったレベルで、私の持ち株の含み益も100万円を超えていたのではないでしょうか。しかし、ヤツは再びやってきました。

そう、あの有名な「チャイナショック」です。
ただ、それまでもミニ暴落という名の調整はたびたびあったので、
今回も調整で1、2日で元に戻るだろうとたかをくくっていました。

ところが、2、3日連続で下がり続け、100万円あった含み益は、一気に含み損に変わりました。

といっても、まだこの時点では、含み損はマイナス20万円でしたので、
まだ耐えられる!明日には元に戻るだろうという!という希望的観測をもっていました。

 

ならはや
ならはや

それって何の根拠もないよね。

本来はここで損切りすべきだったよね。

日経平均は毎日がギャップダウンで、取引終了時間までズルズル下げていきました。
それが、数日続くと、含み損はみるみる拡大していき、だんだんと血の気が引いていきました。

資産がみるみる減っていくので、頭がクラクラしましたが、
これだけ連日で下げたら、さすがに次の日はリバウンドするだろう
と思って、まだ売らずにいると、そこまでは下がらないというレベルまで下がり続け、
ついに含み損マイナス200万円まで膨らみました。

そして、
もうこの精神状態を安定させることはできないと思い、
持っている全ての銘柄を損切りしました。
_| ̄|○ ガ゙ク⇒_ノフ○ グッタリ⇒ ____○_バタッ!

すると、株価は底打ちして上がっていきました(株あるある)


<(T◇ T)>うぉぉぉぉぉ!!!

・・・私は 完全に抜け殻になりました(〇_〇)プシュー

そして、私は今回の暴落でこう思いました。
含み益100万円あった状態から、含み損200万円が確定したということは、
仮に暴落前に200万円持っていたとすると、利益確定すれば、300万円になっていたはずなのに、0(ゼロ)円になったということは、300万円失ったのと同じ意味であるということを。
バーナンキショックを遥かに超えるショックでした。

こんなことなら、さっさと利益確定して、300万円を元手に不動産投資すれば良かった!

と激しく後悔したのは、言うまでもありません。

そういう意味で、2015年には不動産投資を始められていたはずなんです。

ならはや
ならはや

欲に目がくらんだ報いです

さすがにしばらく株を再開する気力はありませんでした。

相場も以前と比べて、一気に難易度が上がったようにも感じました。
そんな8月に発生したチャイナショックも、
12月には元の株価まで戻りつつあり、腹が立ちますが、
そうは言っても仕方ないので再び株式投資で元手を増やすしかないと思い直しました。

時を経ずしての大暴落 3回目

少ない経験ですが、大暴落なんて毎年一度あるかないかという認識でしたので、まさか2016年に入って、すぐに起こるとは思ってませんでした。

かの有名な、2016年1月末日銀のマイナス金利導入の決定です。

それが株価にとって良いのか悪いのか、私はまったく検討もつかず、
日経平均株価もその発表直後は、乱高下を繰り返しておりましたが、
しばらくすると落ち着いたので、ああ、市場に認容されたんだなと思ったのですが・・・
安心していたときの例の「ヤツ(大暴落)」の登場です。

サラリーマンですので、またも気付いたら時すでに遅しです。
一瞬にして持ち株は含み損の大惨事です。

なんでこうなるの?この前に大暴落あったところやのに。。。
ハァ・・・. ()´д`()ゲッソリ・・・。
このときはチャイナショックの傷も完全に癒えていないところでしたので、さすがに精神的にまいりました。そして、いつもの定番ですが、損切りしたところが株価の底です。

さすがにこの短期間での大暴落の経験の重なりで、ちょこちょこ買いしかできなくなりました。
ヒットアンドアウェイ方式に変わりました。
傷も負わないが、利益も少ないという守りの投資で、あとは、四季報はほぼ毎季欠かさず買っていたので、先読みとかでたまにヒットするくらいでした。

結局、株式投資で元手を増やそうにも、増えた直後に暴落にあい、なかなか不動産投資ができないでおりました。

おそらく、未知の世界(不動産投資)への扉を開ける勇気がなかったものと思います。

株式投資では、大暴落にもあいながらも、少しずつ増やしていける現実に甘んじていたものと思います。

サラリーマンは安定が一番ですから。
株でやっていけるなら、その方が気楽だと考えていた節はあったと思います。

しかし、このままでは何も変わらないし、
こんな人生続けても何も面白くない。
お金が貯まってからやろうでは、いつまでたってもできない。

いつまで自分に言い訳しながらこんなことを続けるのか、
本当に自分で自分が嫌になりました。

不動産投資(競売落札)の挑戦開始

競売を選んだ理由

私がもし不動産投資をするなら、
最初
競売物件でやろうと決めておりました。

別の記事でも触れましたとおり、
競売はメリット・デメリットあり、
むしろデメリットの方が多いかもしれません。

それでも競売を選ぶ理由は、アベノミクスの盛り上がりに伴って、
不動産投資ブームは熱を帯び、参加者は毎年増えていくなかで、
熟練した人たち相手に、一般市場では(ポータルサイトの画像をみて)即断して買い付ける自信がなかったからです。

 

ならはや
ならはや

良い物件はネットに掲載されると

早ければ数分で、遅くてもその日に

買い付けされて消えることは多々あります。

しかし、
競売なら、入札できる期間が決まっています
物件の情報が公示されて、入札するまでの期間も決まっております

つまり、物件を熟考できるというわけです。
しかも、仮に落札できなくても、経済的には振込手数料ぐらいの損失で済みます。

競売は、一般市場に比べて、参加者の絶対数が
圧倒的に少ないはずだと思っていましたので、
お買い得物件も探せばみつかるはずだと思いました。

しかも最初の不動産投資が競売というのも、大胆ネタとして面白いんじゃないかと思いました。

ゲヘヘヘヘ

度重なる入札の経験

そういうことから、自分が興味を持っている地域の競売物件は、
毎回チェックしておりました。

初めて落札するまでにも、これは安くで落札できるかもといった
物件については、練習かねて、何度か入札しておりました。
ただ、自分の種銭が限られているので、相場よりもだいぶ低い金額での入札ですので、落札できれば、ラッキー的な思いでした。
実際に落札はできなかったものの、あと落札者と数万円の差ということはあり、
悔しい思いもしておりました。
(最終落札価額は公示されます)

同じ都道府県で何度か入札したり、いくらで落札されたのかを調べていくうちに、
だいたいの入札相場というのがみえてきました。
しかも、値が少しずつ上がっていっているのもわかりました。
おそらく、直近実績ではこれくらいで落札されてたから、
これに少し金額を上乗せして入札してみようという心理でしょうか。
したがって、早く落札しなければ、時が経つにつれて、
競売物件全体的に値が上がっていくことに懸念を感じてました。

1号物件との運命的出会い?

そんななか、「これは!?ちょっといいかも」という物件をみつけました。

しかし、後で考えると、そこまで良い物件かどうかは疑問です。
今の私が見たら、落札金額では入札しない物件だと思います。

しかし、当時の私は焦っていました。


不動産投資を夢見て、はや7年も経過しておりました。
その間、やろうと思えばやれるところまで資産を増やしたのに勇気をもてず、
何度も暴落を食らうなど、大して上手でもないのに、
株式投資の世界で満足している自分から脱却したかったのです。

競売物件も毎回、毎回、入札してもいいと思える物件がでてくるとは限りません。
(だいたい地域ごとに、1か月か1ヵ月半に一度行われますが、見送り回の方が多いです)
したがって、これを逃すと次に入札できるのは、来年以降になる可能性もあります。
そうなると、いつになればできるのか・・・という思いもありました。
とにかく1歩踏み出さないと何も始まらないと思い、意を決しました。

1号物件への入札

過去の事例から考えて、
これくらいならおそらくは落札できるだろうし、
自分でも納得できる金額を入札書類に記入して、入札することにしました。
今回は本気の金額での入札でしたので、とても緊張しました。

入札期間は、だいたい1週間ほど設けられており、
開札日は、入札期間終了日からだいたい4~7日後になっております。

1号物件の開札結果

開札時間は裁判所によって様々だと思いますが、
今回の私の物件は、午前10時でした。
競売は裁判所の業務ですので、平日に行われるのが通常ですので、
その日時、その場(裁判所)にいない限り、誰が落札できたのかわかりません。
私は通常通り、仕事しておりましたが、時計をチラチラ見ながら、
(今頃、落札者がすでに決定していると思うと)
ドキドキした1日を過ごすことになりました。
あらかじめ、裁判所には誰が落札したのかを確認する方法を聞いておりました。
早ければ、当日夕方にはBIT(不動産競売物件情報サイト)にアップされる
ということでしたので、夕方にBITにアクセスしてみてみようと思っておりました。

競売は、物件(事件)ごとに事件番号がふされており、
1日に十数件まとめて、順番に開札されることが多いので、
夕方、BITにアクセスし、パソコンのマウスでゆっくり下スクロールしながら、
自分の物件(事件番号)を探しました。
(まさに、合否判定を確認する受験生の気分でした)

事件番号と売却価額が横並びにすぐに見えるので、
順番にスクロールしてると、あっけなく発見してしまいました。
私が入札した金額が売却価額として掲載されており、
金額に特徴をつけていたので、まぎれもなく自分の入札金額だと確信しました。
「あー、ついに自分がこの物件を落札したのか・・・」
という喜び半分不安半分の何とも言えない気持ちでした。
入札者数も同時に公示されており、十数名いたとことがわかり、
この物件を狙っていた人は多かったのか・・・と、
狙いは悪くなかったか・・・と思い、それなら良かったのかなと少し安堵しました。

これでついに、
私の念願の「不動産投資」という、
新たな人生が始まったのだと実感しました。

1号物件の落とし穴

これは別の記事でふれますが、
悲しいことに、私が落札した物件は、
私が入札時に想像していた状況とは
大きく異なって
おりました。

そのため、
落札直後から、数多くの正念場
迎えることとなりました。

さいごに

以上が不動産投資を始める経緯でございます。

この話の続きとして、1号物件の入札から、収益化実現までのお話は、連載方式の別の記事にて、
ご紹介しております。よろしければ、1号物件の顛末をお読み下さい。
最後までご覧下さいまして、ありがとうございました。

・初めての競売で収益化(1号物件の第1話へ飛びます)

・ネットから一般市場の売買を通して収益化(2号物件の第1話へ飛びます)

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